「音楽活動を始めた私」後編

前回のブログの最後に始めてのレコーディングの話でおわりましたが、たまたまギターレッスンで曲が作れるようになり、曲を作る楽しさを覚えた私は、毎週、レッスン時に新曲を持っていきました。その中から6曲をセレクト!今は亡き母へ向けて書いた「Mimosa」というタイトルをそのままアルバムタイトルにし、始めて書いた曲で、その当時の三人の息子にむけて書いた曲「トレジャー」など収録されました。この時のレコーディング方法は、ギターと歌の一発録りで、どちらかが間違えたら、また、最初からやり直しというもの。ギターは当時の先生だった人がサポートしてくれてましたので、あまり間違える事はなく、もっぱら初体験の私が、ドキドキしながらのギリギリな収録でした!

一昨年の2月にレコーディングし、5月にレコ発ライブ。その後すぐに2枚目のアルバムのレコーディングに向けて歩き出し、2枚目のアルバム「together」は、バンドバージョンで録りたいと、ベーシストど次男のドラマーを迎え、翌年2月にレコ発ライブを銀座YAMAHAスタジオで計画しました。約半年で2枚目を出すというのは、周りの人には驚かれましたが、自分の中では勢いがあり、大変さは無かったです。が、実生活では、その頃から実の母の体調が良くなくて、千葉の実家に度々訪れ、三男の受験も重なり、いっぱいいっぱいの日々を過ごしていました。
2017年2月18日にライブを行う予定で準備している矢先の2月14日に危篤状態が続いていた母が亡くなりました。84歳でした。悲しみは深かったけど、ライブには100枚近くのチケットが売れていて、辞める選択はなかったです。その時は気合いと、周りのサポートで何とかライブは成功しました。終わって、次の日に通夜、葬式だった為、溜めていた涙を全て出し切り、思い切り悲しみました。そして、無事に母を見送りました。ずっと、私を応援し続けてくれた母。感謝しかありません。
その後も、精力的に曲を作り夏前には3枚目のアルバム「present」のレコーディングを行いました。順調にソロのシンガーソングライターWAKAとして活動していました。去年の9月頃から、ある会社がMVを撮ってくれたり、YouTubeにカバー曲をのせてくれたりと、様々なサポートをしてくれるようになりました。その頃、私は今の時代の音楽活動のいろはも分からず、ただ、曲を作り歌い、レコーディングし、ライブをする。自分の曲を作っている人なら誰もがそうだと思いますが、どんどん幅広い人々に聴いて欲しいと欲が出てきます。そんな時にSNSのやり方など、発信する事を初めて教わりました。
SHOWROOMというプラットフォームでライブをしたり、とにかく必要と思う事は何でもしました。去年の11月には無事に3枚目のアルバム「present」のレコ発ライブを行い、走り続けました。今年、4月にソロ デビュー2周年記念ライブを銀座YAMAHAスタジオで行った後、それまでお世話になっていた会社やギターの先生から離れました。色々とやっていく中、意思の疎通が難しくなってきたのが原因です。と同時に、自分の足りないものを、ここで改めて勉強し直したく、新しく、ボイトレ、楽曲制作、ギターと次々に新しい先生に出会っていきました。曲を作りたいという気持ちだけで、きちんと勉強せずにやってきてしまった今まで。この先に進むには、色々と足りないものを見ていかなくては!と必死でした。新しく習い始めた先生方から教わる事は、目から鱗な事ばかり。行動して良かったと心から思います。そして、何でも自分でやれなきゃ!という事にも気づかされました。今までは人に頼ってばかりでした。人に頼ってばかりなのに、自分の思う形にならない事にイライラしてしまうのはダメです。2018年9月からiTunesやApple MusicやアマゾンMusicでアルバム「present」が全国配信される事になりました。夢が一つ叶いました!9月の終わりには4枚目のアルバムのレコーディングを予定してます。今回は初のギターも自分で弾きます。
ある意味、私のファーストアルバムのようなもの。頑張ろうと思います。
ソロになるまで、そして、今の活動を綴りました。
改めて、まだまだやっていきたいです。
宜しくお願い致します!!