「音楽活動を始めた私」前編

ヘアーメイクの仕事も少しずつ軌道に乗ってきた頃、次男の中学校でフェスティバルがあり、中学生だけでなく、大人もライブなど出演すると聞いて行ってみた!

この中学のOBなのか、随分と歳を取った男性達がブルースを演奏してるが、なんだか、全然カッコよくないし、演奏も面白くない!
みんな我慢して聴いていた!
私は中学生が初めて聴く生のバンドがこれだとしたら、あまりに可哀想だし、大人の力はこんなもんじゃない!というのを見せたくて、次の年にエントリーし、友人とふたりでハモり歌った。絢香とコブクロがコラボしたワインディングロード!
すると、見ていたママ達が、私ギター弾けるよ!ベースやるよ!ドラム習うね!何て話になり、キーボードを入れた六人編成のカバーバンド、インスパイアが出来上がった。
週に一回スタジオで練習し、街のお祭りなどで披露する日々。ある時、スタジオ企画ライブがライブハウスであるので出演しないか?と。
私以外は嫌がっていたが、何とか説得。ママ友を沢山呼んで、初のライブハウス体験をした!
そこで対バンした若いバンドが、自分達企画のライブに出演してほしい!と言われ、そこから、次々にライブハウスへの出演となっていった。しかし、活動に疲れたドラマーのママが脱退し、昔、息子のドラムの先生だった男性が代わりにサポートしてくれる事に。こうして、
年に1、2回は自分達企画のライブをし、多い時は100人を越える人達が来てくれた。が、企画をするというのは、大変な事だらけ。一度、ライブハウスに騙された経験もあり、泣いた事もしばしば!
私はその活動と同時進行で、次男がドラムを習っていた事もあり、20代のギタリスト、ベーシストと、インスパイアのキーボードを入れ、5人でワンネス!というカバーバンドもやり始めた。
ワンネスは地方からの出演依頼や、銀座YAMAHAホールの出演など、チャンスに恵まれたが、私が横柄な若者の態度に疲れ、フェイドアウトしてしまった。
ちょうどその頃、ギターを習い、自分のオリジナル曲を作れるようになってきた私は、ギターの先生と二人でCDを製作してみよう!という試みを企てた。
この続きは、次の音楽活動後編で話します。